Muse Ambassadors Kobe

心のお洒落をいたしませんか?

現代のサロン文化を

          知的で未来志向の高い交流の場を目指し

          新たな阪神間モダニズムを復活させませんか?

 

Muse Ambassadors Kobeとは

 共にNEO阪神間モダニズムの新構築を致しませんか?

神戸港開港から150年、西洋文化が神戸に入って来て30年ほど経過した頃、一般の庶民達も海外の人々と交流があった歴史が有り1900年から1940年まで神戸を中心として西宮までの間で阪神間モダニズムと呼ばれたライフスタイルがありました。文化的で教養度の高い人々による西洋文化と日本文化との融合がなされた生活スタイルでした。東京の鹿鳴館の豪華でスケールの大きい社交スタイルではなく、個人の洋風の住宅に人を招きサロン文化が花開いていました。そこには海外の人々も参加していた形跡も多々有りました。

ロシア革命から逃れて来た白系ロシアの方が持ち込んだチョコレートやケーキ、第一次大戦の捕虜となりそのまま日本に住んだドイツ人のパンやバームクーヘンなどの洋菓子や料理も入って来ました。戦争勃発前には杉原千畝の発行したビザを持ったユダヤの人々が神戸港に船で渡って来ました。

神戸の北野町には今でも半径150メートルの中にあらゆる種類の宗教の寺院が大小合わせて存在しています。ユダヤ教のシナゴーグとイスラム教のモスクもすぐ側にあります。宗教戦争は一切ありません!再度山の外国人墓地では道を挟んだ隣同士にユダヤ教とイスラム教の人々が眠っています。阪神間モダニズムは平和の象徴かもしれません。

しかし、太平洋戦争の勃発でその文化も終わってしまいました。それはハードとソフトが融合された理想的な街づくりとライフスタイルのあった時代でした。

この文化を体験している方もすでに100歳を超えほとんど亡くなられており、ダンディーでエレガントな紳士淑女のなんと多かったことか!

その片鱗を聞かされライフスタイルを継承した世代も団塊世代から上の老人世代。

 この世代に共通するのは『新しもん好きのええ格好しい』の精神

その気質から神戸には本物思考が強く、モノの価値の判断ができる人が多くおり、1970年代までは大手メーカーが新商品の企画商品は神戸で実験販売し認められたら全国展開をするというような町でありました。

現在の神戸は音楽や舞台芸術の関係者からは大都市でありながら公演しても集客が見込めない所、というレッテルを貼られており、有名なアーティスト、舞台劇の公演も避けられているといった現状に成り下がっています。

阪神間モダニズを懐古主義的に語ったり研究するのではなく、新たなるモダニズムの世界を皆んなで再構築してみませんか!

人と人との出会いの交流を通じて、より良い人間関係と街作り、そして海外の人々との交流を促進し平和な社会を作ることで新たなる神戸の活性化を促進してみようではありませんか!

 日本で最もダンディズム溢れ、エレガントなライフスタイルを目指して!